Back  Contents  Top  Next
 第五話 〜突撃っ 人気新人小説家ウィルの家!〜


「へー、それなりの家ね。さすが人気小説家、と言ったところかしらね」
 クリスはウィルの家を目のあたりにし、感想を漏らす。
 ウィルの家は普通の人より多少広い土地に構えており、珍しい二階建て(二階建ては相当な金がかかる)であった。白の壁に赤い屋根が映える。
 かなり立派な建築物であった。大きさは負けるが、並大抵の資金家の家より栄えている。
 しかし、クリスの感想はこの家と比べ、あまりにも過小評価だった。
「う〜ん、結構立派にしたつもりだったんだけどね。やっぱお嬢様の家にはかなわないね」
 そう、クリスはこの町のお嬢様、と言っても過言ではない。なぜなら彼女の父親はこの町の町長だからである。町長の家でもあるから、クリスの家はウィルの家を凌ぐほど立派であった。
「ま、そこら辺のと比べれば大分良いけどね」
「お褒めに預かりこーえーです。お嬢様」
 ウィルはおどけた風に良い、優雅にお辞儀をしてみせる。
「……なんか頭に来るわね、それ」
「まあ、こんなところに突っ立てないで、入ってよ」
 ウィルは玄扉を開け、クリスを招き入れる。
「じゃあ、おじゃまさせてもらうわ」
 クリスは玄関を通りそのまま家に――
「ちょっと待った!」
 上がろうとしたところでウィルの制止がかかった。
「なによ。私、変なことした?」
 クリスは家に上がろうとしただけで、何もおかしいことはしていない。無論、玄関先においてある花瓶などの置物にも触ろうとしていない。
「靴脱いで上がってくれないか?」
「くつぅ?」
 ウィルは明らかにおかしいことを言っていた。普通、靴は寝るとき意外は常時()いているものだ。一般常識である。それなのに、ウィルはいきなり靴を脱げと言ってきたのだ。クリスはウィルの脳がどうかしてしまったのかと思った。
「いや、そんな哀れみな顔で見ることじゃないから。とにかく、靴脱いで上がってくれない?」
「嫌。靴下が汚れちゃうじゃない」
 もっともな意見である。靴で歩き回るので、家の床は汚い。
「大丈夫、汚れてないかさ。俺もいつも靴脱いで家の中にいるから」
「……それなら良いけど」
 そう言って、多少いぶしがりながらも靴を脱ぐクリス。よくよく見れば、自分が立っている場所は石の床だが、廊下が一段高くなっており、そこは木であった。ここからは靴を履いて歩くな、と言っているのだろう。
「でも、なんで靴脱いでるの?」
 ウィルに、脱いだ靴を壁に寄せてある棚に入れるよう言われながら、クリスは尋ねる。
「だって、靴履いたまま歩いたら床が汚れるだろ? 掃除もめんどくさいしさ」
「床が汚れるのは当たり前じゃない。なに言ってるのよ、アンタ。どっかで頭強打したの?」
「別に頭はおかしくないから。正常だよ正常。それに、靴履いてない生活ってのも良いものだよ? 軽くなった感じがしてさ」
「ふ〜ん、そうなの? まあ、私が実体験で答えを出すわ。……けどアンタ、こんなこと一体どこで知ったのよ」
「東洋の文化なんだって。小説のネタにするため本屋を回ってたら、たまたまそういう本を読んでさ」
 あっち、とウィルは廊下の突き当り扉を指さす。
「ふーん、面白いのね東洋って。大陸の反対側だから全然知らなかったわ」
「知らないのが普通だと思うけどね」
 そう言いつつ、ウィルが扉を開ける。
「ここがリビング。適当にくつろいでよ」
 案内されたリビングは、なかなか快適そうであった。広さは十分。四人掛けテーブルに十分寝転がれる大きさの絨毯(じゅうたん)、柔らかそうで座り心地のよさそうなソファに、太陽の光を十分に取り入れる窓。ゆったりとした時間を過ごせるのは間違いなしの部屋だった。
 さすがのクリスも、これには感嘆した。
「へぇ、いい部屋じゃない。広さも快適さも十分じゃない」
「まあね。なにかと息の詰まる仕事だからね。気分転換するため奮発(ふんぱつ)してみたんだ」
「えっ……と……リビング、十分なほど快適……と」
 クリスはメモらしき紙にペンを走らせる。
「なにしてるの?」
「『ファン必読! 人気絶頂新人小説家、ウィルス=ウォードの家の全貌(ぜんぼう)!』って言うファンブックのための原稿」
「あれマジだったのっ!? って言うかタイトル変わってないか!?」
 あの時は半分冗談であったが、ここまで良い家となると話は違った。クリスの中では。
「即席で思いついたタイトルなんて覚えてるわけないわよ。細かいことは気にしない方が人生楽しいんでしょ」
 言い終えると、紙とペンを腰のキャリングバックにしまう。
 ウィルは自分の言った言葉なだけに、言い返せないようだった。
「じゃ、アンタの家じっくり観させてもらうから、よろしくね」
 クリスはウィルの肩をぽんぽんとたたき、そのまま横を通り抜け座りごごちの良さそうなソファに、どかっと座る。
「なんでお宅拝見されなきゃいけないんだ……? まだ新築なのに……」
「気にしないことね。気にしたらきりがないわよ。アンタ、開き直るのは得意でしょ?」
「うん、そうだね。そうしよう」
 すぐに開き直るウィル。あまりの早さにクリスはあきれる。
「そういや、クリスは昼飯食べたかい?」
「……食べてないわね、そう言えば」
 朝から道場にいたクリスは、昼ご飯を食べる暇がなかった。
「俺も食べてないし、クリスも食べて行きなよ」
 クリスは不振な表情でウィルを見る。
「……アンタ、料理できるの?」
「お、言ってくれるね。これでも料理は得意だよ」
「ほんとぉ?」
 疑わしそうに目を細める。
「ホントだって。感想は食べてから言ってよ。じゃ、早速取りかかろうかな」
 意気揚々とした声でウィルは言い、テーブルの奥にあるキッチンへと向かった。
「あそこまで言うんだから、多少は料理出来るみたいね……」
 クリスは(ひざ)を抱え、静かに頭を垂れた。
「男に……ウィルに……負けてるなんて……」
 その表情と声は悲痛に満ちていた。
 ウィルの楽しげな鼻歌がキッチンから聞こえてきた。その鼻歌は、今のクリスにとって不快以外の何物でもなかった。

 ◇

 テーブルに並べられた料理を見て、クリスは絶句していた。
 ウィルが作った料理は、見た目だけでおいしそうと思った。見た目だけを見るなら、下手な料理人よりはるかに上手い。
「これ……ホントにアンタが作ったの?」
 そう聞き返さずに入られなかった。
「他に誰が作るんだ? いきなりなに言ってるんだよ、クリス」
 ウィルは不振顔をする。
(み、見た目はすごいけど、味は普通よね。きっとそうよね)
 クリスは自分に言い聞かせる。それは、なにかとてつもない恐怖に直面しているようだった。
「そ、それじゃあ、頂きます」
 のどが渇いていたので、料理より先に良い香りをただよわせているハーブティーを口に運ぶ。絶対絶対、恐怖と直面するのが怖くなったわけではない。クリスはそう自分に言い聞かせる。
 丁度いいくらいの熱さのハーブティーは、口の中をハーブのさわやかな香りでいっぱいにさせた。
「お、美味しいわね……」
 そうつぶやかずにはいられなかった。
「それはどうも。お嬢様の舌をうならせれたかな? 上出来だね、俺」
 ウィルの表情は嬉々としていた。
「それにしても、なんでさっきからどもってるの? 変なことでもあった?」
「え、別に変なことはないし、どもってもないけどっ」
 そう言うクリスはなぜかあせっていた。
「何もないなら良いけど」
 と言い、ウィルもハーブティーを飲む。
「ん、上々だね」
 自分で()れたハーブティーに、ウィルは良好な感想を示した。
(きっと、ハーブティーだから美味しかったのよ。料理は違う。違うに決まってるわっ)
 まるで暗示するかのように、クリスは心中で何度も『違う』と唱える。
次は前菜と言うことで、色彩鮮やかなサラダを口に持ってくる。
 シャキシャキとした水気のよいレタス、わずかに広がる甘いニンジン、一番強調しているが、他と異様なほどにマッチしている甘酸っぱいトマト、それら全てをまとめるさわやかなだがしっかりとした味を持つドレッシング。
 完璧だった。これ程までのサラダは、クリスですらそうそう食べる機会がない。
 しかし、クリスはそれを認めたくなかった。それを認めたら、自分の完敗が決まってしまうから。
(き……きっと、サラダだからよ! きっとそうよ。そうなのよ!)
 心の中の声であるのに、それは裏返っていた。しかし、認めたくないクリスは徹底的にそれを無視した。
「どうしたんだ、クリス? そのサラダ、口に合わなかったかい?」
「そんなことないわよ!」
 つい、大声を出してしまった。不振そうな顔のウィル。
 クリスは何事もなかったかのように装い、次はリゾットにスプーンを運ぶ。
(大丈夫。これはきっと、そこまで美味しくはないわ。誰が作ったって似たような味よ)
 脳はそう思うが、心は思っていなかった。
 すごい美味しそう……すごい美味しそう……。  クリスは心の声を振り払った。意を決し、薄紅に輝くリゾットを乗せたスプーンを口に入れた。
 一気に、しかしじんわりと口の中にトマトの風味が広がる。とろりとした舌触りのよい米を噛むたび、さらにトマトの味は広がる。濃密に、しかしくどくなく。
 完敗だった。
 もう、認めるしかなかった。ウィルの料理の腕は非常に優れていると。
 しかし同時に、それはクリスの負けを認めるのと同じことであった。
 負けず嫌いのクリスは、どうしても認めなくなかった。だが、明らかな負けを認めないのは子供である。苦痛ではあったが、クリスは負けを認めた。認めるしかなかった。
「すっごい、美味しいわ。これほどまでの美味しい料理、そうそう食べたことないわ」
 負けず嫌いなクリスの、最大級の賛辞(さんじ)の言葉だった。
「お褒めの言葉、光栄です。いやー、クリスの舌をうならせれるとは、思ってもみなかったよ。嬉しいことこの上ないね」
 そう言うウィルの表情は、相当な喜びを表していた。
「じゃあ、改めて頂きますっ!」
 負けを認め開き直ったクリスの心は、嬉しさのあまり飛び跳ねていた。この料理を十分に堪能できる、と。


 料理を堪能しつくしたクリスはスプーンをテーブルに置き、手を合わせた。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
「本当に美味しかったわ。この腕なら、十分料理店開けるんじゃない?」
 改めて思ってみても、ウィルの料理は絶品だった。少々やっていただけでは、到底たどり着けない味であった。
「そこまで言われると照れるね。でも、手料理振るうたびに言われるんだよね、そう言う風に。なんでだろう?」
 自分の腕を過小評価しているウィルに、クリスは腹を立てた。
「なによ、それ。自分の特筆した部分はちゃんと認めなさいよ! アンタでまだまだなら私はなんだって言うのよ!?」
「え……なんでクリス怒ってるの?」
「あーもうっ! もっと感づきなさいよっ。ホンット鈍い奴ね!」
 言われウィルは考え込む。
「……料理……下手なの?」
 考えた末に出てきた言葉は、考えて言ったのか疑いたくなるほど、ストレートな言葉だった。
「なぁぁああッ! そんな率直に言うなぁっ!」
 料理が下手なことの恥ずかしさとウィルのいたわりのない言葉への怒りで、クリスの顔は真っ赤に染まる。
「いやその、ごめん」
「ああ、もうっ! そんな悪そうに謝られたらよけい惨めになるでしょうが!」
 確かにクリスの言っていることは一理が通っている。が、どこまでも真っ直ぐな私情でもある。
 変に一理が通っているせいか、ウィルは困惑気味な表情を浮かべる。
「あー……一番の得意料理は?」
 遠まわしに言っているつもりなのだろうか? いきなりそんな質問をぶつけてくる。すでに遅いのだが。
「なによいきなりっ。私の得意料理なんて聞いて何が楽しいの!?」
「いや……率直に言うなって言うから……」
「嫌がらせにしか聞こえないわよっ!」
 その通りである。間抜けすぎるウィルの思考を疑いたい。
「えーっと。じゃあ、料理教えてあげようか?」
 苦肉の策で出した言葉なのだろうか? よけいに悪い言葉だ。頭にちゃんと脳みそが入っているのか疑いたい。
 クリスもそう思った。だが、それ以上にふつふつと湧いてきた感情があった。
 ――料理を習う? 上手くなれる?――
 クリスには、なんとも甘美な響きだった。
 何度も何度も練習はした。しかし、出来たのは覚悟をして食べなければいけない物体。女の子として、料理は上手くなりたい。
 そう思ったら、口が勝手に動いていた。
「良い……の?」
 怒声が飛んでくるとでも思ったのだろうか。ウィルはクリスの口が動いた瞬間、少し後ずさった。
 クリスの急な静かななりように困惑しながらも、
「そりゃ良いけど」
 と答えた。
「じゃあ、お願いね」
「いや、はあ。分かったよ」
 展開についてこられない様子のウィル。
 なぜだかクリスはそれ以上言葉が続かない。ウィルはウィルで展開についていけていない様子だ。
(私……さっきなんて言った……?)
 考えて、かぁっと顔が赤くなる。
 いきなり、料理講習を受けることになってしまったこと、自分が料理できないと言うことを知られたことで顔がほてった。
「と……とにかくっ。昼食も終えたし、家をじっくり観させてもらおうかしらねっ!」
 恥ずかしさを紛らわすため、わざと声を大きくする。
「えと……どうぞ」
 ウィルは自分が何を言っているのか、分かってるのいるのだろうか。
「じゃあ、まずは仕事部屋からお願いね」
 それをいいことに、クリスは自分の観たい部屋を告げる。
「あれ……? えーっと……」
 ウィルはいまだに展開についていけてないのか、とぼけたことばかり言う。なんて順応能力のない頭なのだろう。本当に希代の天才小説家なのか疑いたくなってくる。
「まあ、仕事部屋は二階だよ」
 得意の開き直りでも発揮したのだろう。突然しっかりとした発言をする。
「では、ウィルのお宅拝見、レッツゴー!」
 嵐のような展開のまま、ウィルスのお宅拝見は開始されたのだった……


 第五話 〜突撃っ 人気新人小説家ウィルの家へ!〜   END


 あとがき

コウ:最後まで読んでいただきありがとうございます! 雲水コウです♪
ウィルス(以下ウィ):どうも、ウィルスです。と言うか、最後の展開無理しすぎだよ。もうちょっとひねらないと。
コウ:いや、確かに実力不足が表に思いっきり出ちゃったんだけどね。
ウィ:それに、作者ですら……って言っちゃってるし。もっと考えなよ。
コウ:すません、はんせーしておりますです。
ウィ:まあ、そこはとにかく。今回は異例の速さで完成したね。
コウ:ほんとほんと。自分ですらびっくりだよ。
ウィ:この調子がずっと続けば良いんだけどね。
コウ:そんな難儀な期待はしちゃいけません。
ウィ:それでさ、クリスって料理ダメだったんだね。
コウ:露骨に話題変えやがったね? ……まあ、そうなのですよ。だって、あれで料理まで出来ちゃったら怖いものがなくなっちゃうしね〜。
ウィ:確かにそうだね。でも、なんで俺が料理教えることになったんだい?
コウ:(きっぱりと)その場のノリで。
ウィ:…………(白い目でコウを見る)。
コウ:いやいや、今後にも役に立つかなーとかちらっと思いましたよ?
ウィ:あのね……。まあでも、俺が料理できたら俺が出来ないことって極端に少なくなるんじゃないかい?
コウ:なんだ、その自信過剰は。けどね、大丈夫。君はすでにかけがえのないものを失ってるから。
ウィ:……一体何を?
コウ:思考力と平穏な生活。

 どがしゃあッ!

コウ:おーおー、盛大に転んだねぇ。
ウィ:どんなもの失ってるんだよ、俺は!? というか、なんだよ思考力って!
コウ:だって、よく読みゃ分かるじゃん。君の鈍さが。ほら、料理の件だって。
ウィ:う゛っ……! 言い返せない!?
コウ:ほ〜れみろほ〜れみろ。やっぱ失ってるじゃん、思考力。
ウィ:でも、思考力って言うと、馬鹿だって言われてる気がするんだけど……。
コウ:クリスからは言われてるよね〜?
ウィ:あぅ……。
コウ:ま、的確だってことだ。あきらめるんだね、ウィルくん。(ぽんぽんと肩をたたく)
ウィ:そして! なんで平穏な生活を失ってるんだよ!
コウ:うわ、一気に開き直りやがったよ、この人は。自分で設定しといて頭に来るなー。……それで、質問の答えね。普通に考えてみて、今の君は平穏に過ごせてますか?
ウィ:………………過ごせてない……ですね……
コウ:そう言うこった。
ウィ:そうそう、そう言えば、なんで俺より先にクリスがここに出てるんだい? 一応俺、主人公なんだけど。
コウ:だって、クリスと比べると君、影薄いし。絶対的に。
ウィ:キミに言われたくないよっ。
コウ:うわ、こいつひでぇこと言ってやがるよ。
ウィ:そっちが先に言ったんだろう!?
コウ:そう言うことは置いといて。
ウィ:自分に都合の悪いことだけ置くなぁ!
コウ:さて、上手い具合に漫才も出来たので、去りたいと思います。
ウィ:次回は、俺の家がクリスに暴露されます(涙)。
コウ:良かったら感想、批評送ってやってください。
ウィ:俺の出番を増やして欲しい人は、是非メールにそう書いて送ってください!(必死)
コウ:ではまた次回!
ウィ:今度もよろしく頼むね。
コウ&ウィル:それでは!

 二人はぺこりとお辞儀をし、その場から去った。

 第五話 〜突撃っ 人気新人小説家ウィルの家!〜  END
2006/4/2 up
  


 第六話 〜暴露っ 人気新人小説家ウィルの家!〜

 クリスが場を仕切るように、コホンと一つ咳払いをする。
「いきなりなんだけど、タイトルが第五話と似てるけど、れっきとした第六話だから、そこんとこよろしくね」
「……なに言ってるんだ、クリス?」
「仕方ないから、考案力のない作者の変わりに、私が注意を進言してるのよ」
「さくしゃ? ちゅうい?」
 いまいち事情の飲み込めていないウィル。
 相手にするのがめんどうくさいので、ちゃっちゃと話を進める。
「もう終わったし、どうでもいいわよ。さて、早速仕事部屋を閲覧させてもらおうかしらね」
「……どうしても見せなきゃダメかい?」
「なによ、いきなり。今更そんなこと言っても遅いわよ。どうしても見せたくないなら、私を倒してみなさい」
 クリスは無理難題を提案する。
「……分かったよ。ただ、気をつけてくれよ」
「分かればいいのよ。ではオープンv」
 ウィルスがため息をつき、仕事部屋の扉を開けた。
 そして、目に入った光景の感想は、
「うわっ! なによこれ!?」
 悪い意味での驚きだった。
 仕事部屋は、ゴミ箱と化していた。乱雑した羊皮紙が、足の踏み場さえ奪っていた。しかも、山積みになって。
「えーと、仕事部屋だけど」
「そう言うことじゃなくて、この部屋の惨状よ! 足の踏み場すらないじゃない!」
「そんなことないよ。なんとか机までは行けるよ」
「行ける行けないの問題じゃないでしょうが!」
 羊皮紙をどけたりその上を通れば歩けないこともない。
 だが、肝心なものがなかった。
「……で、その机は?」
 そう、小説を書くであろう、机がどこにもみあたらなかった。
「そこらへん、かな?」
 窓の下にある、大きな羊皮紙の山を指す。
「……もしかして、埋まってるわけ? 机が」
「……うん」
「どうやって小説書くのよ、アンタ!?」
「気力で」
「その気力をまず掃除に使いなさいよ!」
 もっともな意見である。この惨状で仕事をするほうが、掃除するより疲れる気がする。
「……って、アンタ。ついこの前引っ越してきたばかりよね?」
「うん、まあ。まだ一週間も経ってないね」
「どうしてこんなになるのよっ!」
「引越しのときに、ネタをメモった羊皮紙を持ってきたら、こうなっちゃって……」
「全部捨ててきなさいよ!」
「ダメだよ。これから小説のネタが浮かぶんだから。それに、これでも三分の二は捨ててきたんだよ」
 なぜか自慢げに言う。
「常日頃、整理整頓しときなさいよッ!」
「どうも小説のことになると、つい」
 照れたように、頭をかく。
 クリスは頭を抱えたくなった。実物だけで理想をくつがえされているのに、実態がこんなことだとは予想もしなかった。
 しかし、ここから面白い小説が生まれるとするなら、これ以上文句を言えなくなってしまった。十分言った気もするが。
「次行くわよ、次……」
 クリスの気力が一気にそがれた。
「……すごい元気なくなったね、クリス」
「黙ってなさい、三流掃除屋」
「ちょっと待ってよ、すごいのは仕事部屋だけで、掃除が出来ないわけじゃないぞ!」
 今のクリスには、ウィルの言葉は嘘にしか聞こえなかった。
「あっそ。じゃ、次は寝室かしらね」
「寝室って……どこまでプライベートなところを……」
 そのとき、クリスの顔が急に輝きを取り戻した。
「えっ、なになに? 見られたら困るものでもあるの!?」
「な……なんだい、いきなり」
 いきなりの変わりように、ウィルはたじろいだ。
「どーでもいいでしょ! それより、見られたら困るものあるの? ないの!?」
 クリスはずいっと詰め寄る。
「えっ……別に……ないけど」
 なぜだか切れ切れに言う。
 クリスの勘がささやいた。――これは絶対に秘密がある――と。
「ないなら別に見てもいいわね。どこなの、寝室は!?」
「そこだけど……」
 ウィルが言い終わる前に、指差した部屋に乗り込むクリス。
 寝室は仕事部屋と違いきちんと掃除されていた。どうやらウィルの言っていたことは本当のようだ。
 しかし、クリスの頭にはそんなこととうに消え去っていた。
(やっぱ一番定番なのはベッドの下よね!)
 今頭の中にあるのは、ウィルは男子共通の秘密ごとをどこに隠しているか、それのみだった。
 クリスはベットの下を覗き込む。しかも神速のごとく。
 覗き込んだベッドの下には――なにもなかった。
 クリスは一つ舌打ちをする。
(そう言えば、私が来るって昨日言ってあったんだっけ。なら、こんな安易な場所に隠すはずないわよね……)
 寝室をぐるりと見渡す。出入り口にウィルがいたが、それは無視。
 次に目に入ったのは、クローゼット。
 すぐさまクローゼットを、ばっ! と開ける。
ウィルの制止の声が聞こえるが、無視。
 数着の服がかけてある以外、なにもない。
(ここもハズレ……一体どこに隠したの? なにか……なにか見落としてるはずよ。真実は一つしかない。考えるのよ、私)
 なぜか、殺人犯でも探すような推理を頭の中で繰り広げるクリス。
「ちょ、クリス、なにしてるんだよ!?」
 とことん無視。
 次に目に入ったのは、本棚。
 ずらりと陳列されている本を見るが、それらしきものはない。残りは裏のみ。
 壁と本棚の間を、目を凝らして見る。
 しかし、そこにもない。
 隠す場所は、他にはどこにも見あたらない。
クリスは恐ろしい目でウィルをにらむと、襟首(えりくび)をつかむ。
「アンタ、一体どこに隠したのよ!? 白状しなさい!」
「いや、隠したって、なにを?」
「すっとぼけてんじゃないわよ! 早く白状しないと痛い目に遭うわよ!?」
 ふざけたことを抜かしている。クリスはそう判断を下した。
「いやいや、なんのこと!?」
 ウィルは全く分かってないような感じだ。
 クリスはそれを演技と判断した。それが本当だと言う答はクリスの頭に微塵もない。
「いい度胸ね。そこまでとぼけるなんて……じゃあ、覚悟しなさいよ」
「こらこら! 人の話も聞かずに拳を握るなぁ!」
 クリスは不機嫌にチッと舌打ちし、仕方なく拳を開いた。
「よーし、いいじゃない。アンタの話、聞いてやろーじゃないのよ」
「……じゃあ、一体俺がなに隠したって言うんだ?」
「よし。聞いたわね。今度こそ……」
「聞くだけじゃ意味ないだろう!?」
 言うことを聞いてやったのに、再び拳を握るクリスに不満を漏らすウィル。
「聞いたじゃない。アンタの話」
「そう言うことじゃないだろ!」
「私の中ではそう言うことなの」
 口答えを断固拒否することを表すため、クリスは胸を張る。
「少しは他人を考えてくれっ」
「イヤ」
「普通即答する!?」
「死にたくないなら黙ってなさい」
「すいません」
 文脈を無視した発言にもかかわらず、ウィルは即座に謝った。
 ……どうやら、この数日の間に奴隷属性が染み込んでしまったようだ。
「ああっ! なぜか謝っちゃった!?」
「……人気新人小説家、ノベルマジシャンも堕ちたわね」
「誰のせいだよっ!」
「アンタのせい」
「あっさり切り返されたっ!」
「……やっぱ、アンタ一回殺していい?」
 果てしなく奇怪な会話を繰り広げる。このままお笑いでステージに立てそうな勢いである。
「あーもうっ! もうアンタはどうでもいいわ。勝手に家調べさせてもらうわよ。口答えしたら地の果てまでぶっ飛ばすわよ!」
 ウィルに付き合ってるのがうざったくなったクリスは、そう言い残して部屋を出て行く。
 部屋の中で、「人の家を漁るな」だの「そう言うことすると扉に押しつぶされる」だの喚いている声が聞こえるが、当たり前のように無視。
(と言うか、『扉に押しつぶされる』ってなによ?)
 不可解な言葉に、一瞬考え込むがすぐ中断する。そして次に考えたのは『ウィルのあれ』の隠し場所。
 クリスはすぐ近くにあった扉を開ける。
 そこは空き部屋だった。
 置いてあるのは、引越しのときに使ったらしい木箱数個のみ。
 キランとクリスの目が光る。獲物(えもの)を狙う(たか)のように。
「これは……手当たり次第にひっくり返すしかないわね!」
 他人のことを完全に無視した発言をする。しかし、それを止めるものはまずいないだろう。クリスの放つ気が怖ろしすぎたから。
 一番近くにあった木箱をとりあえずひっくり返す。
 服やらズボンやら、衣類が山を作る。
「この木箱は衣類だけね……」
 妖しい本がないことを確認するがいな、次の木箱に向かう。
 小説のネタらしきものが書いてあるメモ。次はファンレター。そして本。
「あらっ。ここに紛れてるんじゃない?」
 にやりと暗い笑みを浮かべ、本を一つ一つ確認していく。
 またもや後ろで「ああっ……!? ちょ、散らかすのは……」と聞こえたが、やはり無視。
(ここもハズレぇ……? じゃ、次!)
 すぐさま次の部屋に向かうクリス。
「ほら、そんなとこで突っ立ってない。通行の邪魔よ!」
 出入り口で頭を抱えていたウィルを殴り飛ばし、次の部屋へと向かう。
(……たぶん、一階の残りの二部屋はお風呂とトイレね……)
 と言うことで、隠し場所有力候補、残るは二階の残り二部屋。
 早速、残りの一部屋の扉に手をかけ、勢い良く開けた。

 べしっ!

 開けたら扉がとれた。それもすっぽ抜ける感じで。しかも、偽扉だった。外れた扉の先には壁しかなかった。
 勢い良く開けたせいで、飛んできた扉にクリスはぶち当たった。そのまま床にしりもちをつき、ドスンと音が響く。
「いったいわね! なんなのよ、この扉!? なんで外れるのよッ」
 上に乗っている扉をどけながら、ぶーたれるクリス。
「だから言っただろ。扉に押しつぶされるって。それにしても、すごい音だったね」
 床にしりもちついてるクリスを見ながら、頭を左右に振る。
「うるさいわねっ! 最近ちょっと運動してなかったのよ! ……ってそうじゃなくて! これ、押しつぶされるって言うかぶち当たるんじゃない!」
「さっきまでキミの上に乗ってたろ?」
 絶対違う。
 そう思いながらも、相手にするのがめんどくさいのでとりあえずスルー。
「……で、なんで家に隠し扉なんてつけてるのよ!?」
「……えーっと、親が……ちょっと、ね」
「一体どんな親なのよッ!」
「俺に聞かないでくれ!」
「じゃあ誰に聞けって言うのよ!?」
「夜空のおほし……」
「ケンカ売ってるわね?」
 ぴくりとウィルの頬が引きつる。
「おほーつくかい」
「なお悪いわぁ! っていうか、なによ『おほーつくかい』って!?」
「えっと……思いつき?」
「私に聞くなぁッ!」
 ウィルは不満顔で怒り顔のクリスを見る。
「ノリ悪いなぁ、クリスは」
「十分いいわよ! ……ってハッ!? まだもう一つ部屋あったわよね!?」
 当初の目的を思い出したクリスはウィルを再びどつき、目的の扉へと駆ける。
 そして、扉を開けようとしたそのとき。
「そこはダメだっ!」
 いきなりウィルが飛びかかってきた。ドアノブに手をかけるクリスの手の上からしっかりと握ってくる。
「放しなさいよこのヘンタイ!」
 クリスは腰を落とし全力でドアを引く。
「いや、なに言われても無理。ここだけは無理」
 ウィルも開けさせまいと、全力でドアを押す。
「おーじょー際が悪いわねっ。さっさとあきらめてイケナイ本を持ってると自白しなさい!」
 さらにクリスが力を入れる。
「持ってないから、そんな本! というか、自白に変わってる!?」
 負けじとウィルもさらに強く押す。
「んん〜なぁぁもぉぉぉぉおおッ! 女の子相手に男が全力はアンフェアよ!」
「キミに手加減したら痛い目見るのは承知してるからねッ」
「それはどういう意味よッ!」
「そのままの意味だよッ!」
「なによっ。この赤味噌脳野郎ッ!」
 怒ったクリスはウィルへと足払いをかける。
「どわっ!?」
 不意だったのでウィルはもろに食らう。そしてそのまま倒れた。
「きゃっ!?」
 クリスを巻き込みながら。
 クリスはウィルの下敷きになり、思い切り背中と後頭部をぶつけてしまった。
「いったぁ〜い。なにすんのよこのバカ小説ぅ……!?」
 クリスは今の状態を見て硬直してしまった。
(ウィルが私の上にまたがってる……?)
 倒れた拍子か、クリスの上にウィルがまたがっていたのだ。いわゆる馬乗りと言うやつである。
 しかも、ウィルの顔がすぐ目の前にあったのだ。倒れたわけだから、前のめりになるのは当然であった。
 さらに、ウィルと目がばっちり合ってし待った。つまり、二人とも硬直しているのである。馬乗りで顔が間近で。
冷静な判断力を失っていたクリスができるこは、ただ目を見開いてウィルの顔を見ることだけである。
(顔が間近……?)
 考えて、一気に体温が上昇した。クリスはこーゆー経験が皆無といっていい程ないため、免疫がない。だから、すぐ赤くなる。
 なんだか同じパターンだが、脳が一気に覚醒した。
「いつまでなにやってんのよッ!? このヘンタイ小説家がぁッ!」
 スクリューパンチをウィルの側面に放っていた。しかも、今回は吹っ飛ばすタイプじゃなくて体内にダメージを与えるタイプだ。
「ぐどはぁっ!」
 派手な音を立て、壁に激突した。
「あー、もうっ! なんでこんな目に遭うのよ!? 私、もう帰るッ!」
 半分鳴きそうな声で、たぶん気絶しているであろうウィルにそれだけ言い放つと、クリスは足早にウィルの家を後にした……



 あとがき

コウ:なんやかんやで、あんまりウィルくんの家が暴露されてない第六話! 一言で表すならば、なんか台風が過ぎ去った感じな話です!
クリス(以下クリ):っこぉぉぉんのぉぉぉおクソ作者ァッ! なにしてくれるのよッ!?
コウ:がはっ! じ……じぬっで! まじでじぬっで! ぐびはやばいぐびはやばいッ!
クリ:よーくーもーまーたー恥ずかしいことさせてくれたわねッ! 一回殺してやるわッ!
コウ:ヒロインがそんな台詞を口にするなーッ!
クリ:すでに遅いわいよっ!
コウ:……自分で言ってて悲しくない?
クリ:それは言わないでッ!
コウ:……あー。まあ少しは内容に触れましょうか?
クリ:そうね。……そーれーでー! アンタ、私になんてことさせてるのよッ!
コウ:まあ、視聴率のためだと思って……。
クリ:これはテレビじゃないわよッ!
コウ:まあまあ。ウィルくんと言えどもさすがに体内の防御力はそこまでないからさ。たぶん、次回は弱ってると思うよ。
クリ:へー、そうなの。それは驚きね。
コウ:と言っても、人の数倍は防御力あるけど。
クリ:……アイツって人間?
コウ:キミこそ人間?

  ごしゃあッ!

クリ:……マジで殺すわよ?
コウ:(赤い液体を流し、地面に頭から突っ伏しながら)スデニシニソウデス……
クリ:土ぐらいには返してやるわよ。それで、最後のあの部屋ってなんだったの? ウィル、必死になってたけど……
コウ:……自分の命は……無視ですかぃ。で、あれはまだ特に何も考えてなひ……
クリ:きちんと考えときなさいよ!
コウ:おぼろげには……かんがえてるんだけどね……
クリ:それで、ウィルの両親って一体何者?
コウ:いろんな意味で……ライオンより……はるかに恐ろしい人たち……かな……
クリ:どんな意味かすごい気になるんだけど。
コウ:一つ言うとすれば……感性が……だね……
クリ:ふーん。アンタと同じってことね。
コウ:……それはどういう意味か非常に問いたい……が、力尽きてしまいそーなので……そろそろおわろーかと思います……
クリ:次回は新キャラ登場!? ついに出るか私と対になる可愛い系美少女!? それとも、ウィルなんかより人気が出るのが確実なイケメン紳士さんか!? どっちにしろ一癖も二癖もあるキャラなよ・か・んv
コウ:もしよかったら感想、批評メール をメールフォームから送ってやってくださいッ! ……がふぅ……死にそ……
クリ:えーい、ちゃっちゃと逝きなさいよ! そんなことより、私のイラストとかも待ってるわよv それと、災難物語のキャラ絵だったら、そのキャラから一言付きで載せるわね。一言がいらなかったらいらないってメールに書いてね。
コウ:作者の命より……自分のイラストのほうが大事かい……。
クリ:当たり前じゃない。
コウ:…………ともかく、また次回!
クリ:見てくれなかったら…………月夜の晩ばかりとは思わないことね?(ニヤリ)
コウ:………………まあ、ともかく。
コウ&クリ:それでは!

 クリスはぺコリとお辞儀をし、瀕死状態のコウを踏みつけ、消える。悲鳴を上げた後、コウはそれきり全く動かなかった。

 第六話 〜暴露っ 人気新人小説家ウィルの家!〜  END
2006/4/8 up
  
 第七話へ続く



Back  Contents  Top


[PR]動画