第七話 〜やっぱり 世の中に完璧という人はいない〜 ウィルは頭を抱えた。なぜなら、 「このヘンタイ赤ミソ脳野郎、よくのこのこと私の目の前に現れたわね」 クリスと偶然出会って早々、恒例と化した毒舌を食らったからである。 クリスと会うのは、二日前の自分の家以来である。 「いや、出会い頭にその一言は、どう反応すればいいのか困るんだけど」 やはりどこかズレているウィルの思考。 「アンタ、やっぱりどこかで頭打ったわね」 クリスもズレていると思っているらしい。 「だめでしょ、クリス。本当のこと言ったら」 クリスの隣にいる、初めて見る少女が柔らかく、おだやかな声で言う。ただし、内容はフォローではなくトドメだが。 「えっと……」 一見は可愛く、おとなしく、優しそうで、腰まであるクリームイエローのロングストレートがチャームポイントの少女。しかし、あくまで外見は外見。 だからと言って、一言だけで人を判断するのは失礼である。 「どうしたのよ、黙っちゃって。図星だから何も言い返せないの?」 「いや……その娘だれ?」 「あなたこそだれですか?」 さらりと返されてしまった。当然の疑問だが、まさかいきなり直球に返ってくるとは思いもしなかったウィル。 (なんだか、クリス以上に調子をくずされる娘だなぁ……) ウィルは心中つぶやいた。 「俺はウィルス=ウォード。キミは?」 「アリア=ド=ハーテッドです。」 ウィルは小さく驚きの声を漏らした。 「キミ、貴族なんだ」 「しかも、この町のお姫さまって言っても過言じゃない娘よ。失礼のないよーにね」 クリスが付け加えるように言う。 「もし失礼なんかしたら……殺されるわよ」 その口調には、冗談と言うものが一切感じられなかった。心なしか、クリスの表情に恐怖がある気がする。 そんなクリスを見てか、アリアが笑う。 「クリスったら、なに言ってるのよ。殺されなんかしないわよ。それは犯罪じゃない」 「だ……だよねー。クリスがそんな風に言うから、一瞬本気で信じ」 「ただ、拘束して、死ぬより辛い再教育をするだけよ」 ウィルの言葉をさえぎって、アリアはさらりと言う。 「……ちゃっ……た、よ……」 ウィルとクリスは黙り込む。アリアはそんな二人に気づかないのか、無言のままで微笑み続けている。 (再教育って、一体……?) ウィルは思うが、怖くて聞けない。聞いてはいけない気がする。 「……まあ、ここで突っ立ってるのもなんだし、中、入ろっか?」 今更だが、ウィルとクリスたちは食堂の前でばったり出会ったのだ。ウィルが食堂の前に来たのは昼食と気分転換のためである。おそらく、クリスたちも同じだろう。 ウィルは心の中でクリスにお礼をした。 「……ああ、そうだね」 「そうね。そうしましょうか」 二人はクリスの提案に賛成し、食堂に入った。 このときウィルは、だれもこの前を通らなくて良かったなぁ、と心底から思った。同時に、小説書くために食堂に来たのに、これじゃあ書けないな、と思い、小さくため息を漏らした。 ◇ 「とゆーわけで。ウィル、お昼おごってね」 席に座ったとたんに、クリスからの一言は『おごって』だった。 「なんで場面の最初が二連続でキミの台詞なんだ? で、一体どういう訳でそうなるんだ?」 ウィルは飲もうとした水の入った陶器のコップを置く。 悲しいことに、どんなことを言っても結局はおごらなければならないのは分かっている。だが、一応聞いておく。 アリアがすでに注文しているが、一応見て見ぬふり。 「そんなの当たり前じゃない。少し考えれば分かることでしょーが」 「どう考えればそういうことになるんだい、『お嬢さま』方?」 ウィルはケンカを売ってみる。内心、かなり怖いと思っているが。下手に刺激し過ぎたら半殺しにされるのは必死である。 クリスの 「あーーら、『一般町民』には三人分の食事代も払えないの? ねえ、『人気小説家』さんん〜?」 「すいません、俺が悪かったです。払います。いえ、払わせてもらいますから。だから机越しに襟首つかむのはヤメテクダサイ」 ケンカ終了。 クリスは、ウィルを放す。 「分かればよろしい」 いきなり、その場に合わない間延びしたような声が言った。 「ああ、どこかで聞いたことがある名前だと思ったら、 ノベル・マジシャンとは、世間でのウィルの通称である。 「うん、まあ。そうだよ」 一気に場の雰囲気が変わったことに顔を引きつらせつつも、答える。 「やるわね、クリス。こんな またもいきなりなアリアの発言に二人は、 『ええぇぇぇぇッ!?』 大声を上げた。 「な、なに言ってんのよ、アリアッ! なんで私がこんな奴を!?」 「いや、こんな奴って」 無視されるのは分かってるが、一応言っておく。 「そうかしら? 私は結構いいと思うけど。顔は平均より良し。面白くて扱いやすい性格だし、有名人だしね」 (……なにか一つだけすごいこと言われたような気がするのは……俺の気のせいか?) ウィルはそれを気のせいだと判断した。そうしたかった。 「アリア、こいつはバカでマヌケで頭おかしくて人間じゃない身体を持つ奴ヘンタイ野郎よ? 気をしっかり持って」 「いや、気をしっかり持って、って。それより、俺は一体何者だよ」 「私は大丈夫よ? それに、そんな 「それより、クリスの方が気をしっかり持ったほうが良いわよ。それじゃまるで図星みたいよ?」 「〜〜〜〜!」 真っ赤な顔のクリス。 「あ、アンタも黙ってないで、なんか言いなさいよ!」 苦し紛れにクリスは言う。 「お、俺?」 無視されまくりだったので、全く予想外だったウィル。一度腕を組み、うなる。 「……まあ、確かに。かわいい娘だとは思うけど……」 いきなりの発言だったからか、それともなにか理由があったのか、クリスの顔がさらに赤くなる。顔をうつむけて考えていたウィルには分からないが。 「こんな性格の彼女にはさすがに遠慮したい。俺が死ぬから」 一度相手を褒めてから落とすという、悪魔的なまでのひどいイジメ――もとい弁解をするウィル。 「いっそのこと死ねぇっ! バカ男ッ」 やはりキレたクリスは、水の入った陶器製のコップをクリスは思いっきりウィルに投げつけた。 ごづっ! 「でっ!?」 それは見事にウィルの額にぶち当たった。上手い具合コップがにはじき飛んで、幸い水はかからなかった。 「クリスって本当に弱いわね。こういう話。それと額から血が出てるわよ。ノベル・マジシャンさん」 場にそぐわない、アリアの雰囲気。 「……ほんの少しだし、これぐらい大丈夫だよ。慣れてるしね」 言いながら、床に転がってるコップを取る。このコップ、相当上手い具合にあたったらしい。ヒビすら入っていない。 「いきなりこんな物投げることないだろ。俺はちゃんと弁解したのに」 自分がどれだけひどいことを言ったか、全く分かってない。 「赤ミソ脳男」 「は? なんだ、いきなり」 「ばか男」 ウィルは、なんでクリスがいつにも増して怒っているのか、全く分からない。 「ノベル・マジシャンさんは鈍いのね。それとも本当に脳が赤味噌なのかしら? 主人公の宿命ってことかしらね」 どうやらアリアは分かっているようだ。 (女の子って、昔から分からないな……) 鈍感主人公は、お決まりの台詞を心の中でぽつりと言う。 故意なのかたまたまなのか分からないが、丁度良い時に紅茶が運ばれてきた。さっきアリアが注文していたのだろう。気が利く娘なのか、三人分を注文していたらしい。 ウィルは紅茶を一口飲む。ふと、あることに気が付いた。 「そう言えば、クリスって貴族じゃないのかい? キミのお父さん、町長なんだろう?」 「えっ」 思わぬことを聞かれた。そう言う声を上げるクリス。 「もちろんクリスは貴族よ」 なぜか驚いているクリスに代わって、アリアが答えた。 「じゃあ、なんで名前の中に貴族を表してる言葉がないんだい? 作者が今の今まで知らなかったってことは別にして」 アリアが『あら?』という不思議そうな顔をし、クリスを見る。クリスはアリアから視線を逸らす。 次にアリアはウィルの顔を見て、納得したように頷いた。 「……何なんだい?」 「彼女ね、あなただから本名を言ってないのね」 「え?」 全く話が理解できない。 「あなた、何かで書いていたでしょう? 『俺は偉ぶった貴族はあまり好きじゃないです』ってね」 ウィルは記憶を探ってみる。 …………そんなことを書いた気がしてきた。確か、二つ目の本のあとがきにそんなこと書いた気がする。 「でも、なんで隠すんだ?」 「それはもちろん、嫌われたくないからでしょ」 ウィルは全く意味が分からない。バカだのなんだのと言っておきながら、嫌われたくない? 全く意味が分からない。 「アリアっ!」 「はいはい、ごめんなさいね。言い過ぎたかしらね」 「……何がですか? 全く分からないんですが」 アリアはくすくすと笑う。 「ほら、ノベル・マジシャンさんも分かってないみたいだし、いいじゃないの」 クリスは一つため息をして。 「もういいわよ。自分がばかみたい思えてきたし」 そう言ったところに、シーフードパスタが運ばれてきた。ちょうど落ち着いた、ベストタイミングだ。 (図ったよね、絶対) そう言う目を、ウィルは男の給仕さんに向けた。 彼は微笑みながら肩をすくめて、「ごゆっくり」とお辞儀して去った。 「さあ、食べましょうか。ノベル・マジシャンさん、ここのシーフードパスタは美味しいわよ。港町ですしね」 アリアはいままでと同じく、微笑をくずさない。まるで、今までの一連の出来事を予想していたみたいに。 なんて怖い人だ……、とウィルはアリアに恐れを抱いた。 「それは楽しみだね。じゃあ、頂きます」 「ほら、クリスも」 「そーね。じゃあ、頂きますっ」 「私も頂こうかしらね」 巧みにアリアに操られた気がするが、まあ、それもいいか、とウィルは思った。 ◇ 「そう言えば、クリスの本名って一体何なんだ?」 「クリスタル=クリス=ド=ランフォードよ」 なぜかアリアが答える。 「なんでアンタは、いつも私のことを私より先に言うの?」 「いいじゃない、別に」 「……ミドルネームとドが抜けてただけなんだ」 「……なんか文句あるの?」 握り拳をつくるクリス。 「ないない、ないです」 「ふふふ、いいコンビね。二人って」 そんな二人を見てか、アリアはぽつりと言う。 「どこがよ!?」 間髪おかず、クリスは突っ込む。 「ほら、ネコとネズミの関係みたいに」 「悪いじゃないのよ!」 「じゃあ、イヌとサルの関係かしら?」 「同じでしょうがっ!」 なかなか上手い漫才である。しかし、ウィルの目にはアリアがからかっている様にしか見えない。 「じゃあ……小さい子の恋愛?」 「なんでそうなるのよッ!」 ……やはりアリアが遊んでるようにしか見えない。 (やっぱり、アリアちゃんって、ある意味クリスより怖い性格なのか……) 外見も中身も完璧な人はいない。ウィルは心の底から知らされたのだった。そして、締め切りが近いのに小説まったく書けなかった、と心の中でそっと泣いたのだった…… あとがき コウ:どうも! 雲水コウです〜。今回は新キャラ登場しました! 分かってると思いますが、その名も! アリア(以下アリ):アリア=ド=ハーテッドです。名前の略が『蟻』なのが非常に気に入りませんので、後々コウ君に憂さ晴らししようかと思います。 コウ:いやいや、そんなこと言われてもっ!? アリ:今すぐでは無いから、安心してもいいわよ。 コウ:そっかぁー、良かったー……じゃなくて! 安心できませんて! アリ:そう言えば、ノベル・マジシャンさんって面白い方ね。扱いやすいですし。 コウ:……さらりと無視ですか? にしてもアリアさん? なにかすごいこと言ってません? アリ:さあ、どうかしら? でも、今回は全然構想通りにいかなかったでしょう? ついでに言わしてもらいますと、無理矢理でしたし。 コウ:そうなんだよねー。構想通りのとこって、食堂行くのと君が出てくるのと伏線出すことだけだよ。……無理矢理だと言うのは……反論しません。すいませんです。 アリ:許さないのは当たり前としまして。でも、キャラが自分で動くって言うのは、嬉しいことなんでしょう? コウ:……許す許さないの件は今は流すことにして。まあ、キャラが自分で動くのは嬉しいことだけど。どうも振り回されてる感が……。 アリ:嬉しいなら、いいんじゃないかしら? コウ:まーね。にしても、君はいい性格してるよ。 アリ:それは褒め言葉として受け取って良いのかしら? コウ:是非受け取ってください。 アリ:なら、ありがとう。にしても、このお話って、私とクリスが明らかにお嬢さまらしいところって出てくるのかしら? コウ:君のそういう場面は出てくるハズだよ。だけど、クリスは貴族と言っても、なにかと庶民的だからねー、分からないね。 アリ:クリスのとこは、お父様がそう言う方ですからね。 コウ:なんたって、町長やりつつ漁師やってるからねー。 アリ:ええ、本当に元気すぎる人だわ。情けないあなたと違って。 コウ:……なにか微妙にひどいこと言ってない? まあ、そんなことより。一つ匿名希望さんから質問があります。『アリアさんはヤクザのお嬢さんさんですか? それと、どれくらいすごい家系なんですか?』 アリ:違うわよ。貴族だって言ってるじゃない。そうね……家系のランクは、クリスより上ね。 コウ:……と言うことらしいです。分かりましたかー、匿名希望さーん? アリ:それより、匿名希望って、コウ君よね? コウ:ち、違うに決まってるじゃん。 アリ:私、今回初めて登場しましよ? 読者ではないのは確実ですよね。 コウ:………………。 アリ:………………。 コウ:……そ、そろそろ終わろーかと思います。(逃げ腰) アリ:今度は、コメディの定番。料理話です。……クリス、あなたって一体……私、泣いちゃうわ(わざとらしく)。 コウ:良かったら感想、批評をメールフォームから送ってやってください。 アリ:私の登場率を上げて欲しい人は、そう書いて送ってくださいね。 コウ:では、また次回! アリ:お暇があれば見てくださいね。 コウ&アリア:それではー。 アリアが「さあ、そろそろ……」とコウに言い、暴れるコウを無理矢理連れ去っていく。そして、誰かの悲鳴がこだました。 第七話 〜やっぱり 世の中に完璧という人はいない〜 END 2006/04/17 up
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