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序章  〜災難の始まり〜


 ……ざざぁ……

 波が岩礁に当たり、砕ける。
 海を一望できる断崖の上に1人、薄い青色の髪の少女が立っていた。
 少女の顔には表情がなく、悲壮感をかもし出していた。
 紺碧(こんぺき)の瞳で、遥か下にある海をぼんやり眺めながら、少女はぽつりとつぶやく。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい……」
 海へと一歩、少女は近づく。
 そのとき、特に特徴のない、どこにでも居るような茶髪の青年が少女の背後に現れた。
「待てっ! そんなことするんじゃない!!」
 叫んで、青年が少女を止めようと、少女の腕をつかむ。
「きゃっ! 何すんのよ! 放しなさいよ! このヘンタイ!!」
 いきなりのことに驚いたのか、少女は青年の手を振り払う。

 ぐらっ

 その拍子で、少女は崖から落ちそうになる。  なにがどうなっているかわからない。とでも言うように、少女の顔は呆然となる。
「危ないっ!!」
 青年はかろうじて、再度少女の腕を取る。
 ――が、支えきれずに、青年までもが一緒に落ちてしまう。
「きゃああああああああああああああ!!」
「うわああああああああああああああ!!」


 二人の悲鳴が途切れたと同時に、夜闇に盛大な水しぶきがきらめいた。
 海面が再びおだやかになった時には、二人の姿は海中へと消えていた。


 序章 〜災難な出会い〜   END

  



第一話  〜(青年の)災難の始まり〜


 ……ざざぁ……ざざぁ……

 夜闇に染まった海岸に、波が押しては引いてを繰り返し、柔らかい波音をいくども残していく。

 ……ざぷん……

 突然、波音とは違う音がする。どうやら海から人が出てきたようだ。
 よく見ると、先ほど落ちた彼らであった。
「……はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫かい、きみ?」
 青年は担いでいた少女を砂浜に下ろす。
 少女は座りこんだまま、自分が生きていることを確かめるように、何度も息を吸っては吐く。そして、すくっと立ち上がり。
「ええ……おかげさまでねっ!」
 怒りの形相で、青年に右ストレートを放つ。

 ゴギッ!

「ぐごぉっ!」
 少女の拳は見事、青年の顔面に決まり、

 ずざざざざざざっ……

 8mほど吹っ飛ばした。
「ったく、ふざけんじゃないわよ! 危うく死ぬところだったじゃない! 私を崖から突き落とすなんて、万死に値する行為よ!? アンタの頭の中には赤味噌でも入ってるの!? この木偶の坊!!」
 少女はピクリとも動かない青年にマシンガンのように罵声を浴びせる。
(さて、ムカつく奴は殺ったことだし、とっとと帰ろ♪)
 青年を殴ってすっきりした少女は、満面で微笑む。
 そして、帰ろうとしたとき、
「痛ててててて……一瞬、川を犬掻きで横断してる光景をみたよ……」
 青年が顔を押さえながら、立ち上がる。
 少女はそれを見て、
「ちっ、生きてやがったか。そのまま永眠してればいいのに」
 と、小声で言う。
「何するんだよ! いきなり! 鼻の骨が折れるとこだっただろ!」
 青年には少女のつぶやきが聞こえてないらしい。
 少女は青年の言葉に聞く耳を持たない。変わりに舌打ちしつつ。
(折れなさいよ)
 と、非人道的ツッコミを心の中だけで入れる。
「凶暴な娘だな……せっかく助けようとしたのに……」
 その言葉を聞いた少女は、右手にトゲ付きのナックルを装着する。
「アンタはけんか売ってるの?」
 握り拳を作りながら、にっこりと微笑む少女。
「すいませんでした、俺が悪かったです」
 青年は慌てて、とっさ謝る。
「そ……そんなことより、きみみたいな娘が何であんなことをしようと?」
 青年は冷や汗流しつつ、言う。
「あんなことってどんなことよ? それより私は、何でいきなり私を崖から落としたか、赤味噌程度の脳のアンタに聞きたいわよ。さぞかし面白可笑しい答えが返ってくることでしょうね」
 少女は、青年を馬鹿にしたように鼻で笑う。
「……だから……」
 多少こめかみ辺りをぴくぴくさせながら、青年が静かに、そして暗い声で言う。
「自殺だよ」
「……」
 少女は無表情で黙り込む。なにか、死にたくなるような嫌なことでも思い出したのだろうか。
 そして少女は。
「はぁ!?」
 思い切り顔をしかめて叫んでいた。
 少女の反応を見てか、青年の頬に一筋の汗が。
「も……もしかして……違う……の?」
 青年の頬にひと筋の汗が流れる。
「アホじゃないの、アンタ!? 当たり前じゃない! 誰が自殺なんてするかっ! アンタみたいに、人を崖から突き落とすぐらい頭がおかしいワケじゃないわよ!」
 青年は、一瞬間を置いてから驚く。
「ええっ!? だってきみ、『お父さん、お母さん、ごめんなさい』って……」
「まだまだ人生これからの“美”少女が死んでたまるもんですかっ!」
 “美”のところを強調して言う“美”少女。
「じゃあ、なんでその美少女が崖なんかに?」
「あそこの景色を見てると、気分が良くなるからよ。なんか文句ある? 文句あるなら寿命が縮むと思いなさい」
「いや……わざわざ自分の命を危険にさらすほどの文句は無いけど……」
 青年は少し納得のいかない顔で言う。
 少女はハッとなり、
(……クッ、しまった! あんな奴の質問なんて、善意で答えるんじゃなかったッ! つい、美少女なんて言われちゃったから……!)
 苦虫を噛み潰したような顔をして、後悔する。
「なら、『お父さん、お母さん、ごめんなさい』って言うのは何なの?」
 そんな彼女の様子に気がつかないのか、青年は少女に聞く。 「アンタなんかに、私のプライベートを話す必要はないっ!」
 プライドの高い少女は、親が大事にしていた皿を割ってしまったなどとは言えなかった。
「それとね……」
 少女はさっきまでの突っ張った態度を一変して、かわいくて可憐な少女の図(少女談)で青年に歩み寄る。
「何?」
 突然態度が変わった少女に驚きながらも、青年は微笑みながら尋ねる。
 少女は、にこっ、と微笑み返す。
 しかし次の瞬間、少女は般若としか言いようの無い形相で、
「私はアンタを許してないのよッ! この殺人未遂者がッ!!」
 青年に、ナックルを付けたままの右拳でアッパーを打つ。

 シュッ!

 拳が、空気を切り裂く音を立てる。

 ドゴォッ!!

 アッパーは青年のあごにクリティカルヒットし、鈍い音を立てる。
「ぎゃぴいっ!!」
 青年は奇声を上げ、先ほどとは比べものにならないほど吹っ飛んだ。空高く。
 ……そして青年はお空の星となった。
「ふぅ、すっきりした。やっぱり、ああゆう世のため人のためにならない奴は、抹殺するに限るわね。さて、今度こそ帰ろっと♪」
 少女は右手に付けた凶器をはずし、鼻歌を歌いながら、上機嫌で帰っていった。

 ……ざっぱぁん……

 あとには、なにかが海に落ちた音と、高い水しぶきが上がっただけだった……


 第一話  〜(青年の)災難の始まり〜   END

  



第二話  〜再会そして……ざぱぁん〜


 表通りで出会った男女が、
「「あっ!」」
「アンタは昨日の頭ん中赤味噌男!」
「きみは昨日の拳闘士!」
 同時に声を上げる。
「けんか売ってるのか、アンタは?」
 薄い青髪の少女は、指をバキッボキッと鳴らす。
「ごめんなさい、俺が悪かったです。突然だったから面白いネタ思いつかなかったんです」
 茶髪の青年は微妙なことを言いつつ、謝る。
「アンタの赤味噌の頭じゃ、その程度のことを思いつくのが関の山なの? せめて“かわいくて可憐な美少女”ぐらいは言えないの? まったく、同情しちゃうわね」
 少女は早速得意の毒舌を披露する。
「……の……ノリだよ、ノリ♪」
 青年は顔を引きつらせながらも、少女のツッコミを受け流す。
「……それより、かわいく可憐な美少女って……」
 青年は小声で言う。
 少女の方眉がぴくりと跳ね上がる。
「……やっぱりアンタ、ケンカ売ってるの?」
「え……何のこ……」
「聞こえてないとでも思ってるの?」

 びくぅっ!

 青年は体の芯から震える。 「すいませんでした。ほんっっとーにっすいませんでした」
「……仕方がないわね。腕1本で許して上げるわ」
「腕、獲るんですか?」
「当たり前じゃない。代償無しで私に口答えできるとでも思ってるの?」
「…………」
 青年は目を細め、何か言いたそうな表情で黙り込む。
「……で、何でアンタこんなとこにいるの?ここの町に住んでるんじゃないでしょ?」
「昨日、引っ越して来たんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
 青年は、少女の反応に少し残念そうに、
「そっけないなぁ」
 と言う。
「誰が崖から落とした奴なんかに、愛想好く出来ますか」
 冷たく当たる少女。
(……正確に言うと、僕の手を振り払って、きみから落ちたんだけどなぁ……まあ、僕が悪かったんだけど)
 と、青年は心の中でつぶやく。
 なんで口に出さないかというと、理由は単純、少女が恐いからだ。
「あのことは水に流して……」
 少女は笑いながら、握り拳を作る。
「……とは言わないけどさ……そんなことより、時間ある? ちょっと話さないか?」
 青年は少女のご機嫌を取ろうと、誘ってみる。今後自分が、この町で安心して暮らすための使命だと言い聞かせて。
「それ、ナンパのつもり? 今時そんな誘い方じゃ、女性は誰も付いて行かないわよ。アンタの頭でも、もう少しぐらい上手いことは言えないの?」
 少女は不服そうに顔をゆがめる。
「いや……そんなんじゃないけどさ」
 ナンパなどという、予想外の答えが返ってきて、青年は困ったように言う。
「ふぅん、ならいいわよ、しょうがないから付き合ってあげる。ああ、私ってなんて寛大なのかしらv」
「自分で言ってもなぁ」
 と、自分自身に酔っている少女に小声で突っ込む。
「……実は今、魚のえさにする生命体を捜してるんだけど、何かいい者知らない? それと、アンタなんか言った?」
 額に青筋を浮かべて少女は言う。
「いえっ! 何も申しておりません!」
 青年はかなり焦りながら言う。
「あ、そう。ま、そう言うことにしといてあげるわ」
 と、少女は『ヤレヤレ』といった感じで言う。
(……誘わなかったほうが良かったか?)
 青年は、少女を誘った己を呪った。
「で、どこで話す気?」
 青年は一瞬硬直して、
「考えてなかった……」
 と情けない声で言う。。
「オイ」
 裏手で、ビシッと突っ込みを入れる少女。
「どこがいいかな」
 青年は腕組し、『う〜ん』と唸る。

 ピンッ

 突然、金属を叩いたような高い音がし、青年の頭上に電球が出現し、消える。
「いやいや、漫画じゃあるまいし」
 少女は誰でも言えるような平凡なツッコミを入れる。
しかし今この場所には、そんなことを気にする人(作者)はいなかった(青年は気付いてすらいない)。 「あの崖なんてどう?」
 少女の(本作に対しての)ツッコミを無視して、青年は言う。
「別にいいわよ。アンタじゃその程度の場所しか思いつかないだろうし。あ〜あ、金輪際、こんな奴とは関わらないでおこうっと」
 少女は、電球が出現したことを気付いてすらいない青年を尻目にし、先に歩いて行く。
「……我慢……我慢……。あの娘の言うことぐらい、軽く受け流さないとっ……」
 青年は自分ですら何を言っているか分からないぐらいの小さな声で、ぶつぶつと呪詛じゅそらしきものをつぶやく。そろそろ我慢の限界だったが、肩を震わし、怒りたいのを必死に押さえる。
「何してるの。行くなら速く行きましょ。アンタ、行動も遅いなんて、何の取り柄も無いのね。ほんとかわいそうな奴……」
 そう言って、少女は鼻でフッと笑う。
(……やっぱり、我慢は無理だな)
 言われた青年は、笑うことしかできなかった。
怒りで肩を震わす青年は、歩いているうちに何故だか怒りが収まり、そして妙な予感を感じた。
 自分にとって良いことが起こるような、悪いことが起こるような、何とも普通な予感だった。
が、この少女に付き合って、自分にとって良いことが起こるという思いを抱くとは、摩訶不思議なことであった……

 ◇

 ……ざざぁ……ざざぁ……

 波音が辺りに優しく響く。
「で、何話す気?」
 少女は言いながら崖へと座る。
 下を見れば、頭がくらくらしそうなほど高かった。
(……よくこんなとこから落ちて生きてたな……ほんとに運よかったなぁ……)
 と、少女は感心し、
(きっと、次落ちたら死ぬわよねぇ、さすがに……フフフフフフ……)
 とてもアブナイことも考える。ちなみに割合は、感心:危ないこと=2:8だ。
「特に決まっては無いんだけどね」
 青年も『危ないよ』と言いつ、少女の隣へと座る。
「なれなれしくしないでよね。ま、私がかぁ・わぁ・いぃ・いぃ〜v からしょうがないか。私ってなんて罪作りな女なのかしら♪」
 少女は自分で自分を抱きしめる。
「本当にそう思ってる?」
 青年は、自分の首を絞めるようなことを言う。
「……何か文句でも?」
 少女は、青年の背中に手を当てる。
 無論、青年の前には足場なんて無い。このまま前に押されたら……
「無いと思いますっ!」
 青年は力いっぱい答える。が、
「『無いと思います』ぅ?」
 答え方が悪かった。
 青年を少女の押す手に、力が込められる。
「無いはずです!」
「アンタ、私にけんか売ってるの?」
 少女は押す手をもう1つ追加する。
「もちろん♪」
 軽く言う青年。
「せー……」
 少女の両腕に力がこもる。
「冗談! 冗談だって! 笑いを取ってみただけだって!!」
 青年は、はははと笑う。引きつってはいるが。
「へ〜、アンタは漫才に『命』を賭けるんだ」
 少女は恐いことを、さらりと言う。
 まだ、少女の手は、青年の背中を離れてはいない。
「ないです! 文句なんて何も無いですっ!!」
「そう? なら余計なことは言わないことね。命がいらないなら別だけど。」
「なら、こんな(俺の命に関わるような)話しは横に蹴飛ばしといて。そういや、きみはなんて名前? 僕はウィルス=ウォード」
 少女は眉をしかめ『ん?』と声を上げる。
「あれ? どっかで聞いたことがある名前のような……?」
「ああ。たぶんそれは僕が物書きだからだよ」
 少女は感心したように、
「へ〜、アンタ小説家なんだ」
 と言う。
 言って、少女は一瞬硬直する。
「……ってアンタ、あの超有名な最年少小説家、通称“ノベル・マジシャン”!?」
 ウィルスは、少女のあまりの驚き方に、少し後ずさりする。
「まぁ、確かにノベル・マジシャンとは呼ばれてるけど、小説の奇術師って大げさだよねぇ〜」
 彼女はウィルスの発言に、怒りにすら似た口調で言う。
「何言ってんのよ、アンタ!? この前出した本だって、世界中で5000万冊は売れたっていうじゃない!!」
「……よく知ってるね……僕でもそんなこと知らないのに……」
「う゛」
少女はうめき、突然うつむく。
「?」
 呆然とするウィルスを余所に、少女は力強く拳を握ると、勢いよく顔を上げる。上げた彼女の顔は、赤かった。
 そして、消え入るような声で、
「……いちおー私、アンタのファンだから……」
 と言い、顔をウィルスから背ける。
 アホみたいにぽかんと口を開けるウィルス。
「へ……へぇ……そ……そうなんだ……」
「……何よっ!? その『えーっ、こんな娘が俺のファンー!? ぶっちゃけありえねー!』みたいな顔はっ!!」
 少女は赤面で怒鳴り散らす。
「いや……きみみたいな娘でも本読むんだなーってのと、きみの口から『私はファン』なんて聞くなんて思いもしなかったから……」
 ウィルスは目が点のまま言う。
「アンタは私を何だと思ってるのよッ!?」
 ウィルスの発言にキレた少女は、思い切り腕を振るう。
振るった腕は、当然のごとくウィルスを殴り飛ばす。
運が悪いことに、ウィルスが倒れる方向には、地面がなかった。
「ぐ……お約束かよッ!?」
 ウィルスはそう言い、読者サービスより、芸人魂より、己の命を選んだらしく、ギリギリのところで体制を立て直す。
「あ……危なかった……」
 ウィルスは、額の汗を手の甲でぬぐう。
「ふんっ、アンタなんか落ちちゃえば良かったのよッ!」
 赤面のまま、少女はそっぽを向く。
 ウィルスは困ったように頭をかき、
「……でも、きみのようなかわいい娘が俺のファンだなんて、嬉しいことこの上ないね」
 と、照れ笑いを浮かべながら言う。
「!!」
 少女は、一瞬目をいっぱいに開き、顔がさらに赤くなる。そして、そのまま顔を伏せて黙り込む。
 ウィルスも、何を言っていいか分からず、黙り込む。
すると、少女が突然言い出す。
「……ス……フォード」
「え?」
 しかし、小さすぎてよく聞こていない。
「だからっ、クリスタル=ランフォドっ」
 真っ赤の顔で、少女は叫ぶ。
「えと、それはきみの名前……かな?」
「そうよっ、他になんだって言うのよ!?」
 逆ギレ気味の少女ことクリスタル。
「何で怒ってるんだ?」
 ウィルスは、クリスタルの乙女心(ファンとバレて恥ずかしい)なんて分かるはずもなく、無神経なことを問う。
「アンタの知ったことじゃ無いわよっ!」
 恥ずかしさのあまり、またも腕を振るう。
「ちょと待っでえッ!?」
 ウィルスが言い終える前に、クリスタルの腕は彼の顔面を捉えた。
 再び、ウィルスは崖へと吹き飛ぶ。
 そのまま下に落ちる――と思いきや、なんとウィルスは断崖から生えていた木の枝に引っかかった。
「た……助かった……」
 ウィルスは、木の枝に引っかかったまま、安堵のため息を漏らした。
「アンタ、強運ねー」
 クリスタルは真っ赤な顔のまま人殺しの目つきで、ぶら下がったウィルスを見る。
 ウィルスはそんなクリスタルに、
「引き上げてくれないかな」
 と申し訳なさそうにつぶやく。
「……仕方ないわね」
 少女はウィルスに手を差し出す。
「ありがとう」
 ウィルスはそう言って、少女の手を取り、崖の上に上がる。
「ふー、死ぬかと思った」
 ウィルスはへたりと座り込み、安堵のため息を漏らす。
「……で、きみの名前は?」
 一息ついたウィルスは、いろいろとあって聞けなかったので、改めて問う。
「クリスタル=ランフォードよ」
「あれ? ランフォード?」
 ウィルスは、どこかで聞いたことのあるような気がし、頭の中を引っくり返す。
思い出し、目をはっと開く。
「ああ、町長さんと同じ苗字なんだ」
「ええ、そうよ」
「町長さんとは親戚かなにか?」
「お父さんよ」
「へぇ……、ってことはきみ、良いとこのお嬢さんなんだ」
「ええ、まあね」
「そういや昨日、あいさつに行ったら『今ねぇ、仕事に行ってて居ないのよ。また今度来てくれる? ごめんねぇ』って奥さんに言われたんだけどさ。町長さん、何か他に仕事してるの?」
「漁師」
「うわぁ、身もふたもない答え方だね」
「突っ込むところはそこか。普通、仕事こと突っ込むでしょう」
「気にするな、そんな些細なこと。そんなことばかり気にしてたら、人生つらいぞ。もっとおおらかに生きるんだ」
 まるで先生が、生徒に教えるように言う。
「アンタに人生相談されるいわれはないわよ」
 と、クリスタル。
「あっ、そんなことより、ウィル」
 クりスタルは早速あだ名で呼ぶ。
「何? クリス?」
 ウィルも負けじとあだ名で呼ぶ。
「あ、あだ名で呼ばないでっ!」
 焦りながら、顔を少し紅潮させるクリス。
「クリスだって呼んでるじゃないか。それにそっちのほうが年下。そんなに嫌がらなくても」
「私はいいの! ウィルはだめだけど」
 おもいっきし、自己中なことを言うクリス(悪かったわね、自己中でッ! by完璧なる美少女、クリスタル)。
「はいはい、分かったよ。クリスタル」
 ウィルはあきらめて、名前を言う。
「で、したいことって言うのは……」
 と、クリスはおもむろにウィルに近づく。
 ウィルは少し驚いたのか、後ずさりする。
 しかし、体制を崩してしまい、
「わ……!」

 ぽふっ

 クリスにもたれかかる様に倒れた。
 ウィルの顔が、ちょうどクリスの胸に埋もれるようにして。
『…………』
気まずい空気の中、ウィルはゆっくりと、脅えながら体を起こす。
「え……と……その……ごめんなさい……」
 赤面でしどろもどろ言うウィル。
 クリスタルはいまだに硬直し続ける。
 そして、だんだんと顔が赤らんでいく。
「な……」
 それ以上言葉が出てこないのか、ぱくぱくと口を動かす。
「なにするのよッ!? このヘンタイ小説家ッ!!」
 クリスの中で何かがはじけ、言葉とともに腕を思い切り振るう。

 どがぁっ!

「ぐはぁ!」
 腕は見事にウィルを捉え、崖から吹き飛ばした。
「アンタが悪いのよっ! いきなりあんなことするからッ!!」
「すいませんでしたぁ! ほんとにすいませんでしたっ! でもわざとじゃ……」
 海に向かって急降下しながらも、必死に謝るウィル。顔が赤かったりするが。
「そんなこと知らないわよ!!」
 ウィルの言葉をさえぎり、そこら辺に落ちていた握り拳大の石を、ウィルめがけて投球する。
「ごへっ」
 石はウィルの顔面に突撃した。急所に当たったか、ウィルは抵抗の様子を見せることなく、派手に水しぶきを上げ海にダイビングし、死んでいるかのようにぐったりとしたまま海中へと姿が消えた。
「……はーっ……はーっ……アイツ、いきなりあんなことするなんて、見損なったわ! この腐れ外道!!」
 はき捨てて、ウィルのことを毒づきながらその場を離れた。
 その手には、色紙と羽負ペンがあった。
が、突然立ち止まり、くるりと180度向きを変え、
「やっぱり、日が沈むときが1番きれいね」
 海に沈む夕日を見て、つぶやき――顔が赤いのは、夕日の所為か、それとも別のことの所為か――今度こそ帰っていった。
   しかし、この夕日は、これから起こる悲劇(らしきもの)の始まりを告げる鐘(チャイム)であった――



 第二話 再会そして……ざぱぁん   END

  


 第三話へ続く


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