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 ずっと一緒

 最後の鍵盤(けんばん)を、俺は押した。
 ぱちぱちぱち、と控えめな拍手が鳴った。
「さすが鳴海さん、すばらしかったです。とても片手で引いたとは思えません」
「そうか」
 拍手の主を見ることなく、俺は言った。
「鳴海さん、やっぱり変わってませんね」
「なんだ、いきなり」
「だって、そのそっけないところとか、全然変わってません」
 まあ、そうなんだろうな。変わろうと努力してもないし。
 けど、悪いようなところを指摘されるのは気分がいいものじゃない。
 仕返しのつもりで言ってみる。
「あんただって、全然変わってないな」
「そうですか?」
「ああ、その迷惑極まりない性格とか」
「な! あんまりですっ」
 どうやら、まともに受け取ったらしい。……嘘だったんだけどな。
 最初アンタが来てくれたとき、ついそっけない態度をとってしまったけど、とてつもなく嬉しかった。
 俺の柄でもないほど、嬉しかった。
 だけど、俺の柄でもないから、それを表には出さない。
「やっぱり変わってません。その人でなしのところ!」
 相当怒ってるらしい。だけど、怒ったアンタが可愛くて、いじめてしまう。……俺は小学生か?
「いや、やっぱりアンタ変わったところもあるな」
「え、どこですか?」
 彼女はいきなり興味を示す。ほんと、百面相だ。
「横幅とか」
 いきなりバックを投げつけてきた。体を反らし、何とか避ける。後方からべしっと音がした。
 いくらなんでもバックはやめて欲しい。病人なんだから。
 まあ、俺が悪いんだけど。
「冗談だよ」
「冗談でも、言って良い事と悪いことがあります!」
 特に最近は気にしてるんですから、と彼女は小声で付け足した。……それにしても、気にしてたのか。まあ、外国行ってたみたいだしな。太るのも当然かもしれない。
「逆に鳴海さんは、私と違ってやせ過ぎですね。それじゃあ女の子にモテませんよ?」
 仕返しのつもりだろうか? 彼女は嫌味たっぷりに言う。
「病院食じゃ太らないからな。太ってるアンタに是非おすすめするが」
「それはありがたいですねっ!」
 よけい怒らせてしまったようだ。当たり前だが。
 つい彼女の怒った顔が可愛いから、からかい過ぎたかもしれない。
「なあ、アンタ」
「なんですかっ、鳴海さんっ」
 言葉の端々が尖っている。まだ怒っているみたいだ。やっぱりからかい過ぎたか。
 めずらしく俺は反省した。心の中だけでだが。
「夕方にはここを発たないといけないのか?」
「ええそうですよー。鳴海さんにとってはありがたいことですかー?」
 口調が嫌味っぽい。ああ、アンタって人は本当にめんどくさい。
「いや、違うな」
「ああそうですか。すっごく嬉しいんですねっ」
 さらに語気が強くなる。……やっぱり怒った顔も可愛いな。本当に俺より年上か?
「それも違うな。全くの逆だ」
 思い切って、口にしてみる。
 彼女は「え?」といった表情のままで硬直している。……少し間抜けな顔だ。
「それはどういう意味ですか、鳴海さん?」
「そのままの意味だが」
 今、ここで、嘘偽りを言っても仕方がない。
「私が行っちゃうのは、嬉しくないって意味でとっていいんですよね?」
 これが、最後だ。本当に、最後なんだ。
「全くはらだたしいが、そう言う意味だ」
 彼女に会えるのも、最後なんだ。そして……俺の最高の幸福も、最後なんだ。
「それはそれは……嬉しいですね」
「そうか。それは良かった」
 彼女の顔が少し朱に染まっている。
 しばらくの間、沈黙が続いた。気まずい訳では無いんだが、少し困った感じの空気だ。
「……こっちに来てくれないか?」
 こうしている時間ももったいないので、俺から話しかけた。
「……はい」
 なんだか焦ってる感じだ。まだ顔も多少赤い気がする。
 彼女は俺でも手を伸ばせば届きそうな距離に来た。
「……アンタ、キスしたことあるか?」
「えっ。いきなりなんですか!? 鳴海さんらしくも無い!」
 悪かったな。らしくなくて。
 俺は一瞬不満を表すが、すぐに消した。
「俺としようか。キス」
 恥ずかしいながらも、俺は言う。……自分で不機嫌になっといてなんだが、らしくないな。
 彼女はこれ異常ないほど驚きを示している。なんだか逆にこっちが不機嫌になるんだが……。
「鳴海さん」
「なんだ」
「……頭打ちました?」
「俺とアンタを一緒にするな」
「いきなりそう言うこと言います!?」
「そんなことより、しないのか」
 彼女の顔がさらに赤くなる。……意外とこういうところは純情だったんだな。ほかは真っ黒なのに。
「え……でも……お互い……好きじゃ……ないですし……」
 確かに、アンタが俺のことを好きかどうかは分からないな。
「俺は問題ないぞ」
「……え?」
 またも彼女は間抜けな顔をする。面白い顔だ。
 俺は決心し、口にする。
「俺は、アンタのことが……」
 恥ずかしさや意地なんて今もって来てもしょうがない。
 自分の本音を、ぶつけるんだ。
「好きだからな」
 彼女はこれ異常ないほど赤くなる。
「え。え、え、え?」
 混乱でもしているのだろうか?
「……アンタはどうなんだ?」
 俺の言葉で、我に返ったようだ。
「俺のこと……好きか? 嫌いか?」
「私は……」
 俺は次の言葉を待った。数秒しか経ってないような、数時間も経ったような時間が流れる。
「私は……好きです。鳴海さんのことが。世界で誰よりも、好きです」
 そう言って、笑う笑顔は、とてもきれいだ。
 彼女は黙って、俺の頬を手で包んだ。あったかくて、やわらかい。
 俺も彼女の頬を同じように手で包んだ。彼女の頬は、とてもあったかい。
 俺たちは互いを見て、これ異常ないほど優しく微笑んだ。
「鳴海さん……」
「……ああ」
 ゆっくりと、彼女の顔が見れないの惜しむように目を閉じる。そして、ゆっくりと互いの顔を近づける。
 俺たちは、互いの唇を合わせた。
 優しく、触れるようなキス。
 それだけで、俺の心は一気に晴れた。
 惜しむように、唇を離す。
「鳴海さん……」
 彼女は、俺をぎゅっと抱きしめてきた。か弱いんだけど、それは強くて。彼女の気持ちが俺に伝わってきた。
 だから俺も、彼女に俺の気持ちが通じるよう、抱きしめ返す。
「私……あなたと離れたくありません……!」
「……できるなら、俺もだ」
 できるなら、そうしたい。金も権力も何も要らない。彼女がいれば、それでいい。
 だけど、それはできない。俺は、幸せになっちゃいけないんだ。
「鳴海さん……っ」
 彼女の抱く腕が、俺を離さんとばかりに強く抱きしめる。
 俺もそれに答えるかのように、腕に力をこめる。
 ……ただ、答えれるのは抱きしめ返すことだけ。ずっと一緒には……居られない。
 幸せをつかんじゃいけない俺。
 絶望の中で笑っていないといけない俺。
 彼女がそばにいれば、例え絶望の中でも余裕で笑えるだろう。
 だけど、それは絶望じゃないんだ。彼女がそばにいるだけで、俺には幸せすぎるんだ。
 俺はアンタの傍には居られない。居られないけど、
「……一緒だ……」
「……?」
赤い目と濡れた頬でこちらを見る。それがなによりも愛しくて。
「例え離れ離れでも、心は、ずっと一緒だ。そうだろ?」
 彼女は笑った。それは二年前と変わらぬ愛しき笑み。
「……はい! ずっと、ずっと一緒です!」


 運命は、とても非道いものだ。残酷ですらある。だけど、それでも――
 幸せはそこにある。俺たちの、心の中にあるんだ。
 俺は手に入れた。何にも比べられない、彼女との、最高の幸せを――


 あとがき

 予告通り、ハッピーエンドです。ハッピーエンドだけど、歩と彼女は一緒に居られません。
 辛すぎます。ブレードチルドレンを救うため、あとほんのわずかしか命がないのに幸福にはなれず、絶望の中に居ないといけない。
 しかも、その中で笑っていないといけない。辛すぎます。辛すぎですよ!
 確かに、「そんなもん無視してもいいじゃんか! こっちは永遠にハッピーな鳴るひよが読みたいんだよ!」と言う方もいるのでしょうが、今回はそれはなしで。
 これはハッピーエンドじゃ無い! 問い方も居るのでしょうが、こういうのもあるんだな、と受け取ってもらえるとありがたいです。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございます! 感想、批評メールはメールフォームからお願いします。
 それでは〜。

2006/4/8 up



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