ただあるのは 苦しみ 恐怖 絶望
(辛い……苦しい……怖い……) 俺の心は、時間が経てば経つほど不の感情にさいなまれていった。 体の動かなくなる恐怖。確実に迫って来る死。 日が経つごとに、それらは俺の中で大きくなっていった。 ……もう、限界だった。 誰か、助けてくれ。頼む。誰か、俺を救ってくれ……。 心の悲鳴が、いつも俺の頭で鳴っている。 だけど、俺は弱音を吐かなかった……否、吐けなかった。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どんなに怖くても。 それが、俺の示したブレードチルドレンを救う方法だから。 だけど、俺の心は壊れかけていた。 何の幸福もなく、なんの喜びもない。人の前では弱音を吐けない。 辛すぎた。苦しすぎた。 (もう、だめだ……) ――俺の心は、壊れかけていた。 ◇ 彼女と最後に会ってから、もう半年のときが経っていた。 すでに俺の体は、ほとんど動かなくなっていた。 上半身と右腕のみを動かせるのみ。 ピアノも満足に弾けない。 数分も体を動かしていれば、息切れは必死だった。 あと半年。あと半年で、二十歳だ。 だが、二十歳が来る前に俺の自我が保たれなくなるのは、奇跡でも起きない限り確定していた。 ほとんど寝たきりの生活が続く中、俺の救いは、本名も知らぬ彼女との思い出だけだった。 見舞いに来てくれる人がいることも、ありがたいことだ。世の中には、見舞いに誰も来てくれず、そのまま帰らぬ人となってしまう患者もいるだろうから。 そんな人と比べると、俺は十分幸せ者だ。 ……だが、俺自身は幸せなんて感じていないが。 何も出来ず、出来るのは死を待つことだけ。しかも楽になりたくても、それが出来ない。 苦しいにも程がある。 ――この先、俺に幸せがあるのか―― 彼女にはもう会えない。ピアノを弾くことも出来ない。料理も、運動もできない。本を読んだり、人と話すことさえままならない。 ……この先、俺に幸せなど、無いのだ。 ただあるのは、苦しみ、恐怖、絶望。 もう、耐えられない。耐えられないんだっ。 この無力な俺を捕らえる、白い檻のような病室で死ぬのは耐えられない。生きる希望が残されていないのに、ただわずかほど生きながらえるため、螺旋の運命にあがらうのは、限界だ。 今はまだ、何とか動くことが出来る。その内、動けなくなる。そうしたら俺は、自ら命を絶つことも、出来なくなる。 もう、嫌だ。嫌なんだ。疲れたんだ。これ以上、あがらうのは嫌なんだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌なんだっ。 俺の体は、無意識のうちに求めた。この苦しみから逃れるために。 俺はゆっくりと起き上がると、ベットの横に置いてある棚へと手を伸ばす。 俺の欲しているものは、ナイフ。果物を剥くためにおいてあるものだが、今はそんなことに使うわけではない。 今俺が欲しているのは、 俺はナイフを手に取った。本来果物を剥く刃が、違うものを求めるかのように鈍く光る。 (お前の欲しているもの、それは血だろ? それも大量の、人が死んでしまうくらいの量の。いいぜ、くれてやる。それが俺の最後の優しさだ) ゆっくりと、俺はゆっくりと刀身を、今は動かぬ左手首に持っていく。 瞬間、背筋がぞくりとし、恐怖が体を駆け巡る。 俺は、死ぬのが怖いんだ。だけど、この暗闇に囚われるのは、もっと怖いんだっ……! 刀身を、肌に当てる。冷やりとした刃が、今は非常に心地が良い。 普通の俺なら、絶対に思わないことを、今の俺は思ってしまった。なぜなら俺は、 ――俺はすでに、壊れていたんだ―― (すでに壊れてるんだ。だったら、これ以上壊れて何が悪い?) 今の俺の頭には、ブレードチルドレンのことは消え去っていた。 今俺の頭を支配しているのは、この暗闇から逃れることだけだった。 俺の心は、折れてしまっていた。修復不可能なぐらいに。 (これで、救われるんだ。この暗闇から、救われるんだ) 俺を救ってくれるこのナイフに心から感謝し、それを引い トントン。 いきなり、乾いた音が鳴った。 「歩、入るわよー」 それはノックだった。この声は、姉さんだ。 俺がいきなりのことで扉を見つめ硬直している間に、扉はスーっと開き、姉さんが入ってきた。 姉さんの顔にあった微笑みは、瞬間、驚愕と恐怖に変わった。 「歩っ! あんたなにやってるのッ!?」 呆然とした俺は、姉さんに何も答えることが出来ない。 姉さんは俺に早足で近づくと、俺の手からナイフを取り上げた。 「今、あんたが死んだら、ブレードチルドレンはどうするのよっ!?」 知るか、そんなもん。 つい、そんな言葉が漏れそうになった。 「あんたは、どんな絶望の中でも笑って無きゃいけないんでしょ!?」 こんななかで笑えるか。 壊れてしまった俺の心は、姉さんの言葉なんて耳に入らなかった。いや、拒絶していた。 「……ッ。歩、あんた……」 姉さんは痛々しい者を見たような同情と絶望の顔をすると、俺に背を向け、病室から出て行った。 白い檻に取り残された俺は、頭を落とした。 苦しみの叫びを出しそうになる。が、堪える。これ以上心が壊れたら、俺は終わってしまう。 俺は、心の中だけで叫んだ。 誰でも良い、なんでも良い。だから、俺をこの暗闇から救ってくれッ……。 俺の中で……いや、俺自身が音を立てて崩れ去った。 あとの俺を支配するのは、暗闇だった―― あとがき 今回はえらいダークな話です。それはもう、真っ暗です。 何となく思いつきで書き始めましたが、ここまでなるとは……自分ですらびっくり。 ただ、思いつきだから分かりにくいです。 読んでいただいて分かるように、歩君を崩してしまいました。それはもう、穏やかに終わった物語を徹底的に壊すぐらいに。 物語が中途半端で終わってしまったので、なら壊しちゃおうと。 でも、「なら何でハッピーエンドにしなかった?」と言われそうですが、ハッピーエンドはそこらじゅうのサイトがやってるんだよ! 周りと違うことをやってこそ意味があるような気がしたはずなので、こういう結果になりました。 こういうダークなのは初めてなので戸惑いました。 さて、こんなんだけじゃしまりが悪いので、次はハッピーエンド版を書くか! もし良かったら、感想、批評メールをしてやってください。メールフォームからお願いします。 では、今回はこれで。それでは。 2006/4/6 up
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